古代ギリシャ哲学とITのアトム


□ 古代ギリシャ哲学とは
 古代ギリシャ時代には、現在の科学の基礎となる原子(アトム)の概念や、現代哲学の源流となる形而上学が既に体系化されていたといわれています。原子論を唱えたデモクリトスや、無知の知を説いたソクラテス、国家論を唱えたプラトン、さらに古代の世界最大の哲学者といわれているアリストテレスなど、紀元前5世紀前後には、すばらしいギリシャ哲学の巨人がアテナイを中心として、活発な議論を交わしていました。世界制覇を短期間に成し遂げ、ヘレニズム文化を生み出したアレクサンドロス大王の家庭教師は、マケドニア王の侍医の息子であったアリストテレスでした。数学における数々の定理を発見したピタゴラスは偉大な哲学者であり、すぐれた音楽研究家でもあったもといわれています。この時代には、ユークリッド幾何学が誕生しています。
 古代ギリシャ時代には、宇宙を構成する元素は、火、土、水、空気の4つであったと認識されていました。宇宙は、球体であり、膨張しているのだと説いた哲学者もいました。現代の天文学において、宇宙膨張説が正しいことは、天文学者エドウィン・パウエル・ハッブルの10年にも及ぶ銀河の観測結果で証明されています。ドップラー効果によって、地球から遠い銀河ほど、赤色光を放ち、地球に近い銀河ほど、青色光を放つという観測データから、宇宙は膨張しているということが発見されました。ビッグバンとは、宇宙誕生の始まりのことですが、宇宙の始まりは、火の玉であると唱えたのはギリシャ哲学者ヘラクレイトスでした。哲学者タレスは、大地は、水の上に浮いていると唱え、現代の大陸移動説にマッチする卓見を持っていた驚くべき発想の持ち主です。
 現代人は、本質を見抜く能力が低下しているといわれていますが、感受性を磨き、頭をクリアにするには、古代ギリシャ哲学の入門書を紐解くのも一法です。古代ギリシャ哲学は、知性の泉として、現代においてもすばらしいマイナスイオンを放っています。
□IT哲学のアトム−IT4VIEWS−
 
 古代ギリシャ哲学の発想をITに適用して、IT哲学のアトムを探ってみましょう。
 ITの秘めるパワーを出し切るためには、ITそのもの、もっと遡って、情報そのものの本質をじっくり考察してみることが大切です。
 
 ITのパワーは、情報の本質を見極め、情報をいかにコントロールし、かつ、その潜在能力に応じたシステムを具現化するかを追求していくことにより、発揮させることが可能です。
 ここで、情報をオブジェクト(対象物)として捉えてみましょう。コントロールすべき情報の本質をスピード、品質、コスト、インターフェースの4つからなる視点で考えると、各要素のパワー発揮のために必要な機能が明確になります。私は、この4つの視点を「IT4VIEWS」と呼んでいます。
 ITの具現化を図っていく際、この情報の本質をしっかり捉えると、情報化のための経営管理手法やITソリューションのツール、技術の選択枝がイメージとして見えてくるでしょう。
①スピード
 ・同期化:複数の業務処理の同期化が可能
 ・リアルタイム機能:リアルタイムで業務処理可能
 
 スピードの意味するところを考えてみましょう。情報化では業務処理、データ処理などのスピードの向上を達成することが要求されます。オペレーションシステム(OS)は複数の業務処理、データ処理を同時に処理することが可能です。さらに、リアルタイム処理も実現できます。
 
 スピードに関連する経営手法はSCM、TOCです。SCMにおいては全体最適化を目指したバリュー・チェーン(価値連鎖)が追求され、企業活動におけるリードタイムの短縮化によるキャッシュフローの改善と顧客ニーズへの迅速な対応が達成目標となります。SCMはスピード経営及びキャッシュフロー経営を企業内外の連携による全体最適化の視点で進めるための必須の経営手法といえます。
②品質
 ・累積進化機能:情報の蓄積により、内容が進化           
 
 ・鮮度維持機能:情報の陳腐化を防ぐ更新機能
 
 ・一元化機能:情報の一元的な管理が可能
 
 情報における品質について考えてみましょう。様々なチャネルを通じてデータベースに蓄積された情報は時間の推移とともに環境が変化し、陳腐化してきます。そこで、蓄積された情報が陳腐化しないように、あるタイミングで情報を継続的に更新する機能が要求されます。いっぽう、情報は多様な知識、ノウハウとして蓄積されていくと、当初、内在していた本来の意味、価値に新たな意味、価値が加わり、情報の内容が知識、ノウハウとして進化していくことになります。
 
 いわゆるナレッジ・マネジメントの手法はこの情報の累積進化機能をベースにしたものであり、情報の品質という捉え方をすると、情報が高度化し、情報の品質レベルが上がっていくということになります。ライバルとの差別化を図るための知的原動力は、高品質なナレッジ・マネジメントをいかに実践していけるかにかかっています。
 情報の一元化機能においては、コード体系を統一化して散在する情報を一元的に管理することが要求されます。データ・ウェアハウスを一カ所で集中的に管理したり、使用言語、OS、アプリケーションソフトなどを一種類に統一することがポイントになります。
③コスト
 ・低減化機能:情報化による多様なコスト低減
 ・課金機能:情報の活用による使用コスト
 
 コストの視点では、情報化を進めることにより、在庫の削減、リードタイムの短縮を図り経営革新を図っていくことが可能であり、多様なコストの低減を実現することが要求されます。
 ただし、情報システムを活用、運用管理することにより、使用コスト、運用ストが発生します。コストの視点に関係付けられるのは、全部門の同時並行協調活動によるコストダウンを狙ったコンカレントエンジニアリングがまず挙げられます。ABC/ABMは実態に即したコストを把握し、きめ細かいコスト分析のために適用されます。アウトソーシングは固定費の変動費化へのシフトの切り札といえるものです。

④インターフェース
 ・共有機能:情報の共有化
 ・ネットワーク機能:時間、空間を超える機能
 
 インタフェースの視点について考えてみましょう。人が介在するコミュニケーションにおいては、情報を介して、価値の伝達・認識が行われます。会話のなかで、様々な話題が持ち上がり、双方向で情報を咀嚼し、会話を交わすお互いの当事者どうしが、相手から、新たな情報、価値観を提供されることは日常茶飯事でしょう。この意味で、当事者どうしを一つの系と捉えれば、そのなかでの対象となるものの付加価値のレベルが変化することになります。色付けといった言葉で置き換えられます。
 その結果、当事者どうしは、具体的な意思決定やアクションを起こすことになります。この意味で、情報は、双方向に情報の飛び交う系のなかで当事者を能動的にさせる役割をもっていることから、インターフェース機能を有しているといえます。
 インターネット時代においては、地球規模でのグローバルな次元で、情報の流通化と共有化が促進されます。
 インターフェースに関係するのは、データ・ウェアハウス、モバイル・コンピューティング、エクストラネット、PDM、e マーケットプレイスなどです。これらは、情報を蓄積したり、距離・時間の制約から解放するインターフェース機能としてのサイバースペースを提供します。

□ ITと企業経営 
 ここで経営にITがなぜ必要なのかについて考えてみましょう。ITは企業における経営効率の向上にはなくてはならないものになってきています。ITは経営効率の向上における、てこの役割を担うものでなくてはなりません。
 ITとは、そもそも情報を活用する技術です。企業活動には様々な情報が飛び交っています。販売情報、生産情報、顧客情報、クレーム情報、物流情報、財務情報、人事情報など、企業における関連部門では様々な情報を収集・生成し、取捨・選択・加工して業務活動を行っています。情報の種類は様々であり、部門によっては価値ある情報もあれば、不要な情報もあります。
 また、情報の取得のタイミングも重要であり、クレーム情報や顧客需要動向などの情報は鮮度が要求されます。情報の流通機能がうまく働かなければ情報はただのデータになってしまいます。情報の持つ価値は収集のタイミングといかに活用して付加価値のある企業活動につなげられるかによって決まってきます。そのためには情報の流通機能が正常に発揮されるような仕組み作りが要求されるのです。
 このように情報を管理し、活用する情報駆使能力はIT化によって飛躍的なパワーを発揮することができます。経営とはこの意味で情報の流通機能を最大限に発揮させ、価値ある情報をタイミングよく発見し、活用する活動であるともいえます。ここにおいて顧客への価値の創造が可能になり、企業の付加価値の向上も期待できます。情報を効率よく管理し、活用できる仕組みはIT化によって実現できるのです。
 ITには、経営課題に応じて各種の最適なソリューションがあります。流通分野で従来から最も良く使われてきているのはPOSシステムです。コンビニエンスストアでは売れ筋、死に筋商品の動向分析や商品政策への展開に必須のツールになっています。POS端末から収集された商品の購買情報は本部のデータセンターにネットワーク経由で瞬時に伝送され、データウエアハウスで集中管理されます。
 在庫情報、発注情報に展開され、商品の補充が物流部門に指示されていきます。物流担当の運転手は携帯端末で物流の指示を受け、搭載した商品を迅速に店頭に届けることができます。各店舗において日々、リアルタイムで収集されたPOS情報は本部のサーバで分析し、店舗毎の売れ行き傾向を把握して、次の商品政策の見直しに活かされるのです。
 このように、コンビニエンスストアにおける企業活動では、POSシステム、携帯端末、データウエアハウスなどの各種のITソリューションが有機的にネットワークで連携されて、顧客に最も好まれる商品の迅速な提供を行う仕組みがあります。ここではITソリューションは企業活動の骨格を形成しており、IT化は企業活動の実践の場においてなくてはならない必須のインフラになっています。
□ITと企業活動の本質とは
 企業活動は、モノの流れ、お金の流れ,人の流れ,情報の流れを切り口にして把握できます。
 企業活動においては,組織の各部門の機能,役割分担を明確にし,業務効率の最大化を目指した業務の流れを検討します。
 たとえば,製造業では,マーケティング情報をもとに,製品の企画・開発・設計が行われ,採算に見合う生産方法,部品・材料の調達方法,販売方法が検討されます。
在庫を最小限に抑え,かつ最小のコストで,顧客に最短のリードタイム(材料や部品の調達から製品の生産,出荷,販売までに要する時間のこと)によって,製品を提供できるように,生産計画,調達計画,販売計画が組織全体の調整のなかで決定されます。経理部門では,社員の給与計算を行ったり,出張旅費の精算を行います。人事部門では,人材の採用・部門間移動・退職,昇格などに関わる業務を行います。
 企業活動では,企業収益の向上と売り上げの拡大のために関連部門が密接に関連しながら,人,モノ,金,情報の有効活用による経営資源の最適化を図ります。開発,調達,生産,販売,サービス,さらにはサプライヤを含めた価値連鎖における情報の共有化,一元化を実現していくことが,スピード経営には不可欠になっています。情報システムは,このような企業活動を支援していくための経営のツールであり,投資に見合う効果を発揮させることが大切です。
経営資源の最適化を図り,効率的な経営を実践していくためには,開発,調達,生産,販売,サービスからなる企業活動のオペレーションマネジメントにおいて,競合他社に差別化を図っていくことが不可欠です。ここでは、人材資源、ビジネスのやり方、製品力、技術開発力、生産力、販売力、コストダウン対応力、IT活用能力、組織構造、収益構造などの観点から、自社の強み、弱みを競合他社と比較して見直すことが重要です。
 企業活動の生命線は,資本市場の評価に答え得る適切な企業収益を継続的に生み出し得るかどうかにかかっています。しかも,顧客への提供価値において,競合他社よりも優れた製品・サービスを創造しうる経営を実践できなければ,企業の社会的存在価値は市場では評価されない時代に入っています。ここでは,業務プロセスの改革・刷新を図り,絶えざるコストダウンができるコストマネジメントの能力も要求されます。
 IT時代に勝ち組みの企業に残るために特に注目すべき企業能力は,ITを活用した,競合他社に勝るビジネスモデルの創造力です。IT化において,自社の強みであるコア・コンピタンスに特化した情報武装により,経営を実践して成功している企業もあります。

 
 事業環境変化の激しい時代には,リスクマネジメントも重要な経営能力の一つです。IT時代では,情報システムにおけるセキュリティマネジメントの重要性が指摘されています。
 以上のように,IT経営の実践の場において,IT化と企業能力は深い関わりを持ち,経営戦略の実践はIT戦略そのものにつながっているのです。